売春宿の門番

物語

その町には売春宿の門番ほど体裁も稼ぎも悪い仕事は他に無かった・・。

しかし、男は他に何ができたというのだろう。読み書きを学んだこともなく、これといった取り柄もなかった。今の仕事があるのも、彼の父親、そのまた父親が同じ売春宿で番人をしていたからだった。何十年ものあいだ、その売春宿は親から子へと受け継がれ、番人職も同様だった。

ある日、売春宿の年老いた持ち主が死に、意欲と可能性にあふれる若息子が後を継いだ。若息子は早速経営の改革に乗り出した。部屋を改装し、従業員を呼び出して新たな指示を与えた。

若い主人は門番にこう言った。

『今日から、門前に立つ他に、週ごとの報告書を出してもらいます。そこには毎日何組のカップルが入ったかを記入してください。また五組に一組ずつ、対応はどうだったか、店に何か要望はないかを質問してください。そして週に一度、改善に対するあなたの意見もつけて、私に提出してください。』

男は身震いした。それまで一度たりとも手に余る仕事はなかったというのに・・・。

『ご希望にお答えしたいのは山々ですが・・・』男は口ごもった。『私は・・・字が読めません』

『おお、それは申し訳ない。分かってもらえると思いますが、この仕事のためにもう一人雇うことも、あなたが字を覚えるまで待つこともできません。ですから・・・』

『しかし私を首にするなどと言わないでください。人生全てを費やして働いてきたのです。父や、祖父のように・・・』

若主人は男の言葉を遮った。

『お気持ちは分かります。しかし私にできることは何もありません。きちんと、補償金、つまりあなたが他の仕事を見つけるまで生活していけるお金は支払います。ほんとうに申し訳ありません。お元気で。』

男は世界が崩れ落ちていく気分だった。こんなことになろうとは夢にも思っていなかった。生まれて初めて、仕事を失って家に帰った。自分に何ができるというのだろう。

ふと、売春宿のベッドや家具の足が壊れたときに、金づちと釘で簡単ながら修理をしていたことを思い出し、これなら他の職が見つかるまでの一時的な稼ぎ口になるのでは、と考えた。

ならば工具が必要だ、と家中探しまわったが、見つかったのは錆ついた釘と刃のこぼれたペンチだけだった。工具一式を買い揃えなければいけない。そうなると、もらったお金の一部を使うことになる。聞くところによれば、村には金物屋が一軒もなく、買い物が出来るいちばん近くの村でもラバで二日かかるという。えい、それがなんだ、と思い切ってその村へと出発した。

男は美しい工具一式を手にして帰ってきた。家に入ってまだブーツも脱ぎ終わらないうちに、誰かが家の扉を叩いた。それはとなりの住人だった。

『金づちをお持ちでしたら貸してもらえないかと思いまして』

『ちょうど買ってきたところですが、仕事に必要なんですよ・・・。ほら、働き口がなくなったもので・・・』

『そうですが。でも明日朝早くには返しますよ。』

『分かりました。』

次の日の朝、隣人は約束どおりやって来た。

『それがですね、まだ金づちが必要なのです。売ってもらえませんか?』

『それは無理です。仕事に使うつもりですし、それに金物屋まではラバで二日かかるんですよ。』

『ひとつこうしませんか。』隣人は提案した。『行きと帰り二日ずつの賃金、それに金づち代を支払いましょう。ね、そちらさんは今仕事もないんですよね。どうでしょう。』

実際、この話は彼にとって四日分の仕事になる・・・。男は引き受けた。

工具を買って帰ってくると、別の隣人が彼の家で待っていた。

『やあ、お隣さんに金づちを売ったのはあなたですか?』

『そうですが・・・』

『私はいくつか工具が必要なのです。旅費四日分に工具代を少し割り増しして支払います。お察しとは思いますが、誰もが四日もかけて買い物に行けるわけではありませんからねぇ。』

元門番が工具箱を開けると、隣人はペンチ、ドライバー、のみ、金づちをひとつずつ選び、お金を払って去っていった。

?誰もが四日もかけて買い物に行けるわけではありませんからねぇ?という言葉を思い返していた。もしこれが本当なら、工具を買ってくれば助かる人がたくさんいるのだろう。次の旅行では補償金の一部を思い切って使い、売った分より多めに買ってこようと決心した。買い出しにも、急げば四日もかからないかもしれない。

男のうわさはその辺りに広まりはじめ、近所の人たちはもう工具を買いに遠出することはなくなった。

今や工具売りとなった男は、週に一度度に出ては客の注文の品を買ってきた。まもなく、品物の保管場所があれば旅費が節約できることに気づき、ある建物を借りた。その後倉庫の入り口を広げて、数週間後には陳列棚を取り付け、村で最初の金物屋になった。

村中みんな喜んで男の店で買い物をした。そして男はもう買い出しにいく必要もなくなった。お得意先である男のところまで、隣町の金物屋が注文の品を届けるようになったのだ。遠くの小さな村村の人たちも、二日分の旅費の節約になると言って彼の工具屋で買い物をしはじめた。

ある日、ふと、友人の施盤工に金づちの頭を作ってもらえるのではないかと思いついた。それから・・・・もちろんペンチも、くぎ抜きも、のみも。釘やねじも・・・。

話が長くなるのでかいつまんで言うと、十年後、誠実に働いたその男は金物生産を担う大金持ちになり、地域一帯で最も有力な業者となったのだった。

大富豪となった彼は、年度の始まりに合わせて村に学校を寄付することにした。そこでは読み書きに加えて、芸術や、時代に合った専門技術の授業も組み込まれていた。

行政官と市長が先頭に立ち、盛大な開校式と創設者を称える大晩餐会が開かれた。

晩餐会が終わりに近づく頃、市長は男に町の鍵を贈呈し、行政官は男を抱きしめて、それからこう言った。

『多大なる感謝と敬意を込めまして、新学校の議事録第一ページにあなたのサインを頂く名誉にあずからせて頂けますでしょうか。』

『名誉に思うのは私の方です。』男は言った。『サインができればどれほどよいでしょう。しかし私は字が書けません。文盲なのです。』

『あなたが?』

行政官は信じられない様子だった。

『あなたが字を知らないのですか?読み書きも知らずにこの一大会社を築き上げたのですか?これはまた信じられません。もし読み書きを知っておられたら、いったいどんなことを成し遂げられていたのでしょうね。』

『それにはお答えできます。』

男は静かに答えた。

『もし私が字を知っていたなら・・・・売春宿の門番でした。』