「それは脳の働きです」
そう言われると、話が終わったように感じることがある。
恋をしたのも、不安になったのも、決断したのも、脳がそう動いたから。なるほど。では、自分で選んだという感覚は、全部まぼろしなのだろうか。
一方で、深い瞑想や祈りの中で、世界と一つになったように感じることもある。
その体験から、「魂は身体を超えて存在する」と確信する人もいる。
ここで、どちらかに軍配を上げたいわけではない。
起きたことと、そこから出した結論の間を、少し丁寧に見てみたい。
脳を研究する人たちも、同じ答えを持っているわけではない
2026年7月15日にオンライン公開されたPNASの論文は、世界の神経科学者2,657名に、心と脳、自由意志、神経科学の将来について尋ねた国際調査である。
回答者の64%が、「心の働きは、最終的には脳の働きへ還元できる」という立場を支持した。論文では「還元的物理主義」と呼ばれている。
一方、自由意志を否定したのは17.5%だった。
つまり、「心の働きを脳の働きとして捉える」と答えることと、「人には自由意志がない」と答えることは、この調査では単純に重なっていなかった。
ただし、残りの人全員が、同じ意味で自由意志を肯定したと読み替えることもできない。「否定しなかった」と「同じ考えを支持した」は別である。
また、回答者は、現在の神経科学が理解している脳の構造・機能を平均で約30%と見積もる一方、将来の人間理解や心の解読には強い期待を示した。
この30%は、脳の解明度を客観的に測った数字ではない。研究者自身が、どこまで分かっていると考えたか、という見積もりだ。
出典:PNAS原著論文(2026年7月15日オンライン公開/著者抄録)
「脳と関係している」と「脳だけですべて説明できる」
たとえば、ある人が悲しい映像を見ているとき、脳の活動に変化が見られたとする。これは考え方を整理するための例である。
そこで確かめられたのは、その条件で、測定した脳の活動がどう変わったか、ということだ。
「この活動は、悲しみを感じる働きに関係していそうだ」は、その結果についての説明になる。
さらに「だから、悲しみの意味も、人を失う痛みも、人間のすべては脳だけで完全に説明できる」と言うなら、話はもう一段進んでいる。
その一回の測定だけでは確かめていない、人間全体についての考えが入っている。
これは、脳の研究を軽く見るということではない。何が分かったのかを大切にするために、まだ言っていないことまで結果に言わせない。
また、「自分で選ぶ」という言葉の意味も、人によって違う。
何の影響も受けずに選ぶことを指す人もいれば、影響を受けながらも、自分で理由を考え、行動を決めることを指す人もいるだろう。
同じ「自由意志」という言葉を使っていても、何を指しているかを確かめなければ、話がすれ違う。
深い体験にも、同じ問いを向ける
瞑想中に、自分と周囲の境目が消えたように感じた。
祈っていると、亡くなった人がそばにいるように感じた。
その体験が本人にとって大切だったことと、その体験から宇宙の仕組みまで確かめられたことは、分けて考えたい。
「私はそう感じた」と語ること。「魂が身体を離れて、実際にここへ来た」と説明すること。さらに「人の魂は死後も必ず存在する」と結論すること。
これは、同じ一つの話ではない。
体験を尊重することは、その説明をすべて事実として受け入れることと同じではない。説明を確かめることも、体験した人を否定することとは違う。
科学の言葉なら無条件で信じ、精神文化の言葉なら無条件で疑う。あるいは、その逆。
そういう使い分けをせず、どちらにも「どこまで確かめたの?」と聞いてみる。
話を三つに分けて聞いてみる
ここからは、今回の調査を踏まえた、講座や日常での提案である。
心、脳、魂、人間の本質についての話を聞いたら、次の三つに分けてみる。
- 何が起きたのか。脳や身体の何を測ったのか。どんな行動が見られたのか。本人は何を感じたと話したのか。測定したことと、本人の報告も区別する。
- それをどう説明したのか。研究者や実践者は、起きたことにどんな意味を与えたのか。別の説明も考えられるか。
- どんな世界だと考えているのか。「心はすべて物質の働きである」「魂は身体とは別に存在する」など、話の土台にどんな考えを置いているのか。
三つ目は、哲学では「存在論」に関わる話になる。日常の言葉なら、「そもそも、この世界に何があると考えているか」だ。
世界観を持つこと自体が、悪いわけではない。
自分の考えの土台に気づかないまま、それを「実験で決着した事実」として話してしまうことに、注意したい。
多数決で、心の正体は決まらない
今回の調査で分かったのは、回答した神経科学者たちが何を考えているか、ということだ。
自由意志が存在するかどうかを実験で決着させたわけでも、心と脳の関係の正解を選んだわけでもない。回答した2,657名の割合を、そのまま世界中の研究者全員の割合と決めることもできない。
専門家の見方は、学ぶ価値がある。けれど、支持する人が多いことと、その主張が証明されたことは同じではない。
意識進化を日常の行動にするなら、自分が信じている説明についても、一歩引いて確かめられることではないだろうか。
今日の咒術は、こうなる。
「これは測定された事実か、事実をまとめる解釈か、世界観として選んだ前提か」
分からないところを、急いで埋めなくてもいい。そこを空けておけば、次に確かめることが見えてくる。
君が「もう分かった」と思っているその話は、どこまでが確かめたことで、どこからが自分の選んだ説明だろうか。
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