人前で話せない。頼まれると断れない。小さな変更にも身構える。
その様子だけを見れば、「消極的」「自分の意見がない」「融通が利かない」と言われるかもしれない。
けれど、その人がどんな場所で、どんな扱いを受けてきたかを聞くと、同じ反応が別の意味を持つことがある。
今見えている困りごとには、その人の特徴だけでなく、それまでの暮らし方や周囲との関係も重なっているかもしれない。
123人の経験から、何が見えてきたか
2026年7月20日、Scientific Reportsに、自閉症、ADHD、またはその両方のある成人123名の逆境を調べた研究が発表された。参加者は英国と米国で暮らしていた。
「逆境」は、生活を難しくしたり、人を傷つけたりする経験のこと。「質的研究」は、点数の平均を比べるだけでなく、人が語った内容を読み、共通する経験や違いを整理する調べ方だ。
研究では、困難の背景が、認知・社会・感情・感覚の四領域に整理された。平たく言えば、「情報の受け取り方や考え方」「人との関わり」「気持ちの動き」「音や光などの感じ方」に関わることだ。
主要な逆境は、排除や孤立などの「周縁化」と、いじめや搾取などの「不当な扱い」だった。「周縁化」とは、集団の外に追いやられたり、参加しにくくされたりすること。「搾取」は、相手の弱みや立場につけ込み、都合よく利用することだ。
健康への悪影響に加え、困難の中で自分を理解したり、人に共感したりする力を得たと語る人もいた。一方で、強みは生まれなかったという声も扱われている。出典:原著論文
「特性がある」と「傷つけられてよい」は、つながらない
ここからは、研究を手がかりにした、PCMやカウンセリングへの私の考えだ。
たとえば、音が重なると話を聞き取りにくい人がいるとする。これは説明のための例で、研究参加者の実話ではない。
にぎやかな部屋で口頭の指示を受け、聞き落とす。そのたびに「何度言えば分かるの」と責められる。やがて、分からなくても聞き返せなくなる。
この経過を、すべて「本人のコミュニケーション能力の問題」でまとめると、大事な違いが消える。
音の多い場所で聞き取りにくいこと。指示が口頭だけで出されること。聞き返すと責められること。そして、責められないように黙るようになったこと。
それぞれ、確かめることも、変えられる場所も違う。
聞き取りやすい場所へ移る。指示を短い文章でも渡す。質問した人を責めない。本人の練習に加えて、周りができることもある。
困難を、三つに分けて書いてみる
私は相談の場で、次の三つを分けて整理したい。「地図化する」と言うなら、何がどこに重なっているのかを、一枚の紙に書き出すような作業だ。この三分けは、本研究で効果が検証された方法ではなく、相談を進めるための提案である。
1.もともとの感じ方や、考え方
どんな場面で負担が大きいか。口頭と文章では、どちらが分かりやすいか。予定が見えると取り組みやすいか。
「自閉症だからこう」「ADHDだからこう」と先に決めず、その人について具体的に聞く。落ち着ける場所でも起きることなのか、特定の場面で強まることなのかも確かめる。
2.環境や、周囲の人からの扱い
音、光、人の多さ、時間の余裕、説明の仕方はどうか。助けを求めたとき、何が起きたか。からかわれたり、断りにくさにつけ込まれたりしていないか。
「環境との不一致」は、その人に合わない条件が続いていること、と言い換えられる。ただ、いじめや搾取まで、単なる相性の問題にしてはいけない。傷つける扱いは、止める必要のある問題として見る。
3.その中で身につけた、守り方や技能
先に謝る。相手の顔色を細かく読む。限界まで引き受ける。人と距離を取る。
こうした反応には、その場を切り抜ける役割があったかもしれない。「防御」は、ここでは自分を守るために覚えたやり方のことだ。本人の話を聞かずに、そうだと決めつけることもしない。
同時に、予定を工夫する力、問題に気づく力、自分に合う説明を探す力なども確かめる。
この三つは、きれいに切り分けられるとは限らない。分からないところを残しながら、一つずつ見ていけばよい。
かつて役に立った反応も、今は負担になることがある
黙っていれば責められずに済んだ場所では、黙ることが身を守っていたかもしれない。けれど、質問してよい場所へ移っても黙り続ければ、必要な助けを受けにくくなることがある。
だから、「欠陥だから直せ」と急ぐ前に、その反応が何を守ってきたかを理解したい。そのうえで、今の場所では別のやり方も選べるかを考える。
「適応」とは、周囲の条件の中で何とかやっていくことだ。うまく見える適応にも、本人が大きな負担を払っている場合がある。
私が意識進化と結びつけたいのは、「私はこういう性格だから」で止めず、「この場面で私は何を守ろうとしているのか」と、自分への説明を細かくしていくことだ。
苦しみに、無理に意味をつけなくていい
本人が「この経験を通じて身についた力がある」と言うなら、それは大切に聞きたい。
しかし、周りから「だから、いじめられたことにも意味があった」と結論する必要はない。
力が育ったことと、傷つける扱いが必要だったことは別だ。「ただつらかった」「起きてほしくなかった」という語りも、そのまま尊重したい。
強みを見つけることを、新たな宿題にしない。今も不当な扱いが続くなら、まずその状況を変え、休める場所や支援につなげることを考える。
自分を責める前に、何が重なっているかを見る
今回の研究は、本人の経験から困難の成り立ちを考える材料になる。ただし、英国・米国の123名の語りから、すべての自閉症・ADHDの人に同じ説明が当てはまるとは言えない。特性と環境のどちらが、どの程度の原因なのかを比較して証明した研究でもない。
本人の特性による困難を軽く見ず、環境や周囲の扱いも見落とさない。その両方を、相談の中に置いておきたい。
今日の咒術。自分への決めつけを、少し止めるために。
私が壊れているのか。それとも、適応のために必要な反応か。
これは二者択一で診断する言葉ではない。普段の言葉に戻すなら、「自分が駄目だと決める前に、この反応が何を守ってきたか、確かめてみよう」。
君がいま「直さなければ」と思っている反応は、どんな場所で身につき、何を守ってきたのだろうか。そして今、その負担を減らすために変えられる条件は何だろうか。
PCMや対人支援の学びに関するご案内は、宇野ひろみの公式LINEから受け取れます。
参考:Layinka, O., Shah, P. & Livingston, L. A. “Towards a better understanding of adverse life experiences in autism and attention-deficit/hyperactivity disorder.” Scientific Reports(2026年7月20日公開)。原著論文。本記事の三層の整理や説明例は、研究結果を踏まえた筆者の提案です。
