夜、ふいにあの場面が戻ってくる。
追い出そうとする。別のことを考えようとする。うまくいったように思えて、しばらくするとまた来る。
そのうち、思い出したこと自体を責めはじめる。まだ引きずっているのか、と。
その前に、一つ確かめたい。
その努力は、記憶のどこへ届いているのだろう?
短く思い出してから、テトリスのような課題をする
2026年9月23日、Frontiers in Psychiatry に、ある介入のシステマティックレビューとメタ分析が受理された。サウジアラビアのカッシーム大学などの8名によるものだ。論文のページ
扱っているのは、イメージ競合課題介入(ICTI)と呼ばれるものだ。手順は、こうなっている。
- まず、記憶を短く再活性化する合図を与える。思い出すのを避けるのではなく、短く思い出す。
- その直後に、テトリスのような視空間課題を短時間おこなう。
背景にあるのは、作業記憶の干渉という仮説だ。映像的な記憶が作り直されている最中に、同じ資源を使う別の作業を入れると、映像としての固定を邪魔できるのではないか、という考えである。
研究室での実験では、強い効果が繰り返し出ていた。問題は、実際のトラウマを経験した人で同じことが起きるかだった。これまでの統合は3件しか集まらず、すべて確実性が低いと評価されていた。
今回のレビューは、7つのデータベースを2026年3月まで検索し、成人でDSM-5の基準Aに当たるトラウマを経験した人を対象としたランダム化比較試験に絞っている。事前にPROSPEROへ登録もされている。
818件から13件が該当し、そのうち並行群間比較の5件、のべ359人が、主要な解析に使われた。主要な指標は、その場の印象ではなく、日記で毎日つけた侵入記憶の回数である。
数字を、正確に見る
- 侵入記憶の回数は、対照群より週あたり6.98回少なかった(95%信頼区間 −9.84〜−4.13、I²=21.9%)。確実性は中程度で、バイアスリスクのために一段下げられている。
- PTSDの重症度も介入側が良かったが、差は −2.42(95%信頼区間 −4.40〜−0.44)と小さい。確実性は低い。非一貫性と間接性のためだ。
- 抑うつと不安は、研究ごとに測り方が違いすぎて統合できなかった。
- 介入によるとされる重篤な有害事象はなく、脱落も概して少なかった。
侵入記憶の回数は、中程度の確実性で減っている。PTSD症状のほうは、方向は同じだが、根拠がずっと弱い。ここは分けて読みたい。
この結果が、言っていないこと
先に断っておく。私が読めたのは要旨だけである。この論文は9月23日に受理された段階で、正式版はまだ公開されていない。DOIも、現時点ではまだ有効になっていない。各研究の詳細、実施までの時間、対照群が具体的に何をしていたかは、要旨からは確認できない。
そのうえで、はっきりさせておきたいことがある。
この研究は、「考えないようにする努力」と比べたわけではない。対照条件が何だったかは要旨に書かれていない。だから「我慢するより、テトリスのほうが効く」という読み方は、この論文からは出てこない。
ほかにも、要旨の中にはっきり書かれている限界がある。
- 統合できたのは5件だけ。著者たち自身が、これは確立された治療ではなく「有望な標的介入」であり、より大規模な独立した試験が必要だと書いている。
- 統合されなかった研究のうち、VRを使った1件と、慢性のPTSDを対象にした交差試験1件では、効果が見られなかった。
- 「記憶を再活性化する合図が効果を左右するか」は、このレビューの目的の一つに挙げられているが、要旨に結果が書かれていない。手順のどこが効いているのかは、まだ分からない。
意志ではなく、条件
ここからは、要旨を手がかりにした、私の考察である。
私がこの介入で面白いと思ったのは、「思い出すな」と言っていないことだ。
むしろ、短く思い出させる。そのうえで、別の作業を挟む。
考えてみれば、「考えないようにする」という命令は、実行するために一度その対象を経由しないといけない。何を考えないかを確かめるために、考える。だからこの努力は、しばしば記憶の手前で空回りする。
この介入が置いている前提は、もっと素っ気ない。記憶は、保存された映像ではなく、その都度作り直されている過程だ。作り直しの最中は、条件によって結果が変わる。
以前、記憶が場所や身体の反応を含んだ文脈として組み上がっているという研究について書いた。その身体の反応は、今日のものか。それとも、あの場所の続きか。 同じ話の、別の面だと思う。
ここで一つ、視点が動く。心を「意志で統制する対象」として扱うか、「条件によって更新される過程」として扱うか。
前者で失敗すると、人は自分を責める。止められない自分が弱い、という結論になる。後者なら、責める先がなくなる。かわりに、条件のほうを見ることになる。
PCMでは、行動には肯定的な意図がある、と置く。侵入記憶にも役割がある。警戒を保つこと。同じ目に遭わないこと。その意図を敵にしないほうがいい。
ただし、ここから先は慎重に書く。
これは気晴らしではない。合図があり、時間の窓があり、課題が設計されている。「つらくなったらスマホでゲームをすればいい」という話ではない。そして、慢性化した状態を対象にした試験では、効果が見られなかった例がある。
思いつきで自分に試すものではない、と私は思う。
その前に、確認する五つ
以下は、要旨を手がかりにした私の実践案で、研究で効果を確かめた方法ではない。誰かの記憶を扱う場面で、手順に入る前に見るべきことだ。
1.記憶の内容
何が、いつ、どんな形で戻ってくるのか。映像か、音か、身体の感覚か。回数はどれくらいか。
2.今、現実の危険があるか
過去の記憶の話なのか、いまも続いている状況なのか。ここを取り違えると、すべてが的外れになる。
3.身体の覚醒の状態
眠れているか。心拍や呼吸はどうか。落ち着ける時間が一日のどこかにあるか。
4.日常の機能への影響
仕事、家事、人との約束。何が減っているか、何をやめたか。
5.医療や、トラウマの専門的支援が必要か
必要だと思ったら、そちらが先だ。講座や自己流の工夫で代えない。この判断を後回しにしないことが、いちばん大事だと思う。
思い出す自分を、責めない
記憶が戻ってくることは、意志の弱さの証拠ではない。
この研究が示したのは、記憶が作り直されている最中に、別の条件を入れると回数が変わる、ということだ。週に約7回。5件の試験、359人の話である。それ以上でも、それ以下でもない。
けれど、その事実が一つ伝えているものがある。止め方は、我慢の量とは別の場所にあるかもしれない、ということだ。
セルフトークは、
「思い出す自分を責めない。記憶の働き方に合う安全な支援を選ぶ」
次に、あの場面が戻ってきたとき。
君は、自分の意志の強さを数えるだろうか。それとも、いま自分がどんな条件の中にいるかを見るだろうか?
参考文献:Allahim, M. A., Alsallal, S. A., Almohaimeed, I. A., Alfouzan, A. A., Alrashed, A. S., Abualjamal, R. Y., Alharbi, M. F., & Alqifari, A. (2026). Visuospatial imagery-competing task interventions for reducing intrusive memories following real-world trauma: a systematic review and meta-analysis. Frontiers in Psychiatry, 17.(2026年7月2日受付、9月23日受理。本記事の執筆時点では受理された暫定版で、正式版とDOIはまだ公開されていない。要旨のみを参照している。)PROSPERO登録番号 CRD420261336501。
確度:事前登録されたシステマティックレビューとメタ分析。主要指標である侵入記憶の回数は中程度の確実性(バイアスリスクで格下げ)、PTSD重症度は低い確実性。統合できたのは並行群間比較の5件・359人のみ。著者自身が「確立された治療ではなく有望な標的介入」と記している。本記事は要旨のみに基づいており、各研究の対照条件や実施手順は確認できていない。診断・治療の判断に代わるものではなく、侵入記憶や外傷後の症状で困っている場合は医療および専門的支援を優先してほしい。
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